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どうも。近頃は出かける事が多くちょっとバタバタとした日々を送っております。日本のようにこの時期特有の節目の慌しさや感慨は全くないですけどね。
さて、2週間程前にベンチャー企業関連の興味深いランチセミナーに出席してきました。お題はベンチャー企業でたびたび起こる揉め事。奥が深いテーマで考える点は数多くありましたので、今後何度かに分けて触れたいと思います。
今日はその内の一つ、初期の社員の話です。
初期のベンチャーでは往々にして、まだ人数が少なく、組織と呼べるような仕組みも無く、管理・被管理の関係も曖昧で、決め事は皆の合議か創業者兼 CEOが行い、皆がそれぞれ出来ることをがんばっている状態です。例えば創業者2人で始めたベンチャーだとして、社員が5~7名ほどいる感じだとしましょう。
人それぞれ入社する経緯や目的は異なりますが、この時期の社員に共通するものは何でしょうか。
それはベンチャーそのもの或いは創業者に対する思い入れや期待、距離感に関わるある種の権利意識といったものだそうで、以下のようなパターンが見られるということです。
社員1号から社員5~7号くらいまでの人々の思い
– 我々は家族も同然
– 自分もある意味創業者だ
– こんなにがんばって来たのだから給料以上の何かを報いられる資格がある
– ベンチャーの初期にリスクを取って入ったのだから特権があって当然だ
– 創業者は自分の(行く末の)面倒をみる義務がある
これらは初期の社員が常に思っているというものではなくて、何となく潜在意識としてあって、社内で何かしらの軋轢が生じたり、次の成長段階に入って新たな社員が入ってきたりするような変化がある際に、不満として顕在化するようなものだと思います。
恐らく個人の性格だとか職業倫理というものとは別で、むしろ人間の性というか、その環境にある誰もが持ち得る感情なのだと思うのです。こうした強い思いが良い方向にむけば、リーダーシップとして発揮され良き牽引力になりますが、思いが汲み取られなかったり意識と現実にギャップがあることが認識されると、かなりネガティブな行動に現れ何かと亀裂が生じたりする可能性があります。
ですので、創業者は初期社員がこのような思いをもっている可能性を認識して、できることならその感情が良い方向に発露されるようにするすべきですし、また、初期社員は自分が不満を感じた際に、その不満は目の前の解決可能なことから生じているのか、或いはこうした権利意識から生じているのかを思慮して、話し合うべきことはオープンに議論すべきなのだと思います。
この種の権利をどこまで公正と見るかは、各企業のカルチャー或いは創業者のポリシーによると思うのですが、線引きは明確に一貫して行うべきでしょう。言うは易しかと思いますが、お互いがこういうことを念頭に入れておくと、問題が起きても多少冷静に議論できるのではないでしょうか。
人間関係ってむずかしいですね。
それでは今日はこの辺で。ではまた。
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どうも。今日はサンノゼで行われたUS-Japan ITベンチャーサミットなるものに出席してきました。
日本に展開したいUS(或いはヨーロッパ)のベンチャーがいくつかプレゼンをし、それに対して事情に詳しい日本人パネルがアドバイスをし、同様に、アメリカに進出したい日本のベンチャーがいくつかプレゼンをし、それに対して事情に詳しいアメリカ人パネルがアドバイスをするという形式のものでした。こういう試み自体は良いことですね。手法や形式に関しては色々と改善の余地があると思いましたが、今回が初めてということでしたので、来年は更に面白いものになることを期待しています。
さて、このサミットを見ていて改めて思ったのは、アメリカでインサイダーになったり何かしら成功するためには、やはり「アメリカ的」あるいは最低限「欧米的」に振舞う必要があるのかもしれない、ということ。そしてシリコンバレーではひょっとすると「シリコンバレー的」というのも加わるかもしれません。
例えばアメリカに駐在していて英語が達者な人でも、アメリカ人の友人がたくさんいて、アメリカビジネス界の要人への人脈があるかというと、そういうわけではないですよね。それには様々な要因があるかとは思いますが、その一つがこの振舞い方、コミュニケーションのプロトコルと言ってもよいかと思いますが、がアメリカ的ではない為に仲間に入れていないというのがあるのではないかと思ったりします。
シリコンバレーのように外国人が多く住むところでは、下手な英語でも通じますし、外国人に対する理解もある程度あって、嫌な思いをしたりすることはほぼありません。でも、理解がある事と受け入れられる事には結構な隔たりがあるようです。「日本的」プロトコルを使っている人には、日本に興味を持つ人しか寄ってきてくれないということがあるのは、それ以外の人は違うプロトコルを理解しようという動機や暇がないからなのかもしれません。
社交ならばまだ良いものの、ビジネスとなると、スピードの重要性が高いために、他のプロトコルを使っているだけでコミュニケーションが遮断されてしまう危険があるということを、今日のイベントで気づくに至りました。と言うのも、パネルディスカッションが日本企業のアメリカ進出のハウツーの中身というよりは、アメリカ向けのプレゼンの仕方や内容についてのフィードバックに終始してしまった感があった為です。
なぜそうなったかと言うと、恐らく一つは、プレゼンの構成や話し方が通常期待するものと異なったために、その事が引っかかってしまって、中身を充分に理解することが出来なかったからなのではないかと思のです。もちろん、イベントの事前の情報共有が上手くいっていなかったとか、ベンチャーとスターアップという言葉の差が認識されていなかったとか、そういう理由もあるかもしれませんが、このプロトコル相違による情報遮断ということは要注意だと思います。
英語の発音の悪さというものはそれ程気にしなくて良いという印象ですが、論理展開、議論の仕方、社交的な会話の進め方、スモールトーク等の型が違うと、アメリカ人にとってはかなりお手上げのようです。外国人だからとフレンドリーにはされるものの、その先に関係が進んでいかず、ビジネスの相手というよりは、旅行者のような距離を置いた付き合いになってしまうかもしれません。
アメリカでコミュニケーション関連のものを読むと必ず書いてある事が、共通の話題を探したり、相手の話し方やスピードに合わせたり、という調和・共鳴の重要性です。そうすることで人は親しみを感じるということなのですが、これは人種や文化が多様な社会のなかで、コミュニケーションの型・プロトコルという発現可能なことで、同質性を打ち立てるたてるという知恵なのかもしれません。
このことは「アメリカかぶれ」になるとか日本人を捨てて同化するとか、そういうことではありません。違うバックグランドによる意見の違いなどは評価されますし、話の中身は独自のものであるべきだと思うのですが、恐らく聖域のプロトコルは遵守したほうが賢いかも、と思った次第だということです。
こうしたことがシリコンバレーに巣食う多くの日本人によって実践されれば、このような日本のベンチャーを紹介するような会合にも、もう少しシリコンバレーで影響力のあるインサイダーを集められるようになるかもしれませんね。
今日は数年ぶりに5時台に起きたのでかなりへたってます。なのでかなり寝ぼけたことを言っている可能性がありますが、あしからず。
ではこの辺で。