「身売り」ではないM&A
先週、YouTubeの創業者がGoogleとのM&Aで$700M強に相当するGoogle株を受け取った、というニュースを読まれた方は多いと思います。凄い金額ですね。これでSteven Chenはとあるローカル紙でサンフランシスコのmost wantedな独身男性の一人に選ばれたとのこと。GoogleのSergey Brinは昨年末に婚約してしまったのでリストから外れたらしいです。
さて、私が気になったのはIT Mediaの記事でも読売の記事でも、YouTubeに「身売り」という形容がついていること。身売りってすごい言葉ですね。ただ引きを強くするためのタイトルなのかなと思ったのですが、実は、「身売り」でググると、M&Aで買収された側の企業について語るときには、かなりの件数でこの言葉が使われていることが分かりました。
では「売却」はどうかというと、大企業が一部の事業を他社に譲渡する等、元の組織は存続し、自ら一部を売るという決断をした場合に使われているようです。
この「身売り」という言葉、適切な表現が無いからという理由以上に、明らかにネガティブな見解が入っているように思います。私は売る/被買収のベンチャー側に立つ(業界用語ではsell sideと言います)アドバイザーを主にしているので、こうなるとなんだか人身売買でもやっている業者みたいではありませんか。確かに、たまにですが、私のやっている事業に関して、テクノロジーベンチャーの環境にあまり詳しくない方からは、起業家が一生懸命創り上げたものを売ってしまうなんて血も涙もない…、というような誤解をうけることはあります。そんなひどい事はしていないと、ここで声を大にして言いたい!
売ることに対するネガティブな視点は、日本では戦略執行の方法として小規模企業の買収を行うということが根付いておらず、その為、ベンチャーが exitをする際にM&Aという選択は非常に稀だという状況があることから来ているのだと思います。ですが、ベンチャー起業の盛んなシリコンバレーやその他欧米、最近ではインドや中国でも、ベンチャーのM&A(多くは上場企業によるベンチャーの買収という形式)はごくごく通常に行われる事です。
星の数ほど生まれるベンチャー企業の総数に比べれば、成功する企業の数は僅かです。ここで成功するというのは株主に対して何らかのROIを出すという事です。ですので、これには単体で存続して利益をぼちぼち上げて分配していくか株式を買取る、IPOをする、そしてM&Aという形で他の企業の一部となるということを含みます。長期に渡って私企業として単体で存続するということは、外部の投資家が入っている場合は難しいですし、また業界の再編成や統合が多くあり結局はIPOかM&Aということになるため、少数派です。IPOとM&Aで比べると、NVCAの統計によるとアメリカでは昨年1年間のIPOの件数が58件、M&Aが335件ですから、成功するベンチャーの多くはM&Aという形でexitしていることになります。
ですので、M&Aを考えるということは、ベンチャーにとって他のどの経営戦略を立てることと同様に必然のことであり、きちんと為されていれば、投資家にとってもベンチャー創業者・従業員にとっても決してネガティブなものではありません。そして「きちんと為す」ためには、ある企業から M&Aのオファーが来てから慌てて考えるのではなく(相手はその慌てた心理をついてくるので、通常、返答まで数日間の猶予しかくれません)、能動的に行動して、自社にとってベストのパートナーを選んだり、ベストのROIを出すために、複数の候補やシナリオを検討することが重要です。私はそのお手伝いをしています。詳細はまた後日に書きたいと思いますが、戦略的M&Aという成長戦略としてredditを例にしたエントリーでこの点にちょっと触れたので、ご参照ください。
「身売り」という言葉はどちらかと言うと、英語で言うところのFire-saleに近いのかもしれません。これは、経済的或いは何らかの諸事情により、経営を続ける事が困難な会社が企業全体や資産のみを売る場合で、破格な値段で他企業が買収したり、ベンチャーでは稀ですがプライベートエクイティ企業が再建目的で買収したりします。または近頃ではeBayで自らのベンチャーをオークションにかけて売ったKiko等の事例があります。これらの場合はROIは非常に低いかマイナスなので、成功の類ではありません。YouTubeのM&Aは、経済的にもその後のシナジーにおいても、「身売り」とは程遠いものだと思います。
今後、日本でもこういったM&Aが増えてくれば、「身売り」に変わる言葉が出てくるのかもしれませんね。国境を跨るM&Aも珍しいものではありません。日本でテクノロジーベンチャーをしている方々は、海外企業とのM&Aというのもexitの選択肢と心得て、能動的に行動される事をお勧めします。
ではまた。
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