Netflixの例にみるR&Dの外部化
今月2日からオンラインDVDレンタルのNetflixが非常に興味深いコンテストを始めました。自社の現行リコメンデーションエンジンの精度を10%以上高めることができた中で最高精度を出したチームに対して賞金$1M(100万ドル)を出すというもの。コンテストは2011年まで続けられ、10%の精度向上に満たない場合は毎年一番の精度向上を遂げたチームに対して$50k(5万ドル)が供与されるそうです。このコンテストの経過はここで発表されています。
このNetflix、非常に便利なサービスです。Web上で自分の見たい映画をリストとして登録しておくと、リスト最上位のDVDが指定した住所に送られてきます。見終わったら返信封筒に入れて近くの郵便ポストに入れます。で、Netflixがそれを受け取り次第、リストから次のDVDを送ってくれるというものです。料金は月額制なので、がんばれば結構な数の映画を見ることができます。このリコメンデーションとはアマゾン等である様に「そういう映画が好きなら、これも好きかもしれませんよ」というお勧めを提示する仕組みです。
この試み、変わっていてニュース性があるからPRに過ぎないという意見もありますが、私はそれだけではないと思います。
ではこのコンテストの何が面白いかというと、他社への競争優位となるような自社サービスを支えるテクノロジーの開発を外部化しているところです。そしてその外部化の仕方が、他のアルゴリズム専門業者への外注でも、そういった企業の買収でもないところです。
まず外部化ということ。
通常このような改善は社内のR&D部門でなされますよね。企業によってはものすごい数の博士号や修士号つきの方々を雇っていて、日々、既存プロダクトの改善や数年後を見越した技術の基礎研究をされています。ですが、技術の進歩が目覚しく、顧客嗜好や市場動向が常に変化し続ける昨今、この社内 R&Dというのは、必ずしも効率的・効果的は仕組みとは言えません。
理由は一言で言えば、その急速な変化に追いつくのが困難だからです。もちろん優秀な方々が多いですし、時には素晴らしい技術を生み出すこともありますが、基本的には企業の枠組みの中で決められた方向性と予算に応じて既存技術の改善を試みるもので、自由に自分の専門を追究して革新的な新技術を開発するのには向いていません。そこで自社が想定していた方向性とまったく異なるトレンドが出てきた場合、自社のR&Dパイプラインにはその技術が入っていないですから、遅れるのを承知でパイプラインに乗せるか、他から調達してくるしかありません。
実際、最近のForresterレポートによると、現在アメリカ企業は年間$200B(2000億ドル)ものR&D投資をしているのものの、その投資規模と事業成功に殆ど関係性がみられず、投資に見合う果実が得られていないそうです。
他から調達してくる場合、提携或いは買収というのが通常の手段です。どちらが良いかは、解決しようとしている問題の性質や大きさ、その技術を自社で掌握する必要性、その問題を真に解決するソリューションが存在するか、自社技術とのシナジー、将来にわたる人材の必要性、等々、様々な要因に左右されます。
それが、今回のケースではコンテストという第3の形をとっています。何故でしょう。
10%の改善という数値は現在の性能からすれば、全く違ったアプローチなしには達成できないものだと考えられます。そしてこの5年というコンテスト期間からすると、この問題は非常に難しいものだと想像できます。なので既に最適解を証明しているような企業が存在せず提携も買収も現時点ではできないのかもしれません。そして、重要な技術ではあるけれどもかなりピンポイントなもので、本質的にはサービス業であるNetflixにとっては、この種のアルゴリズムに長けたサイエンティストを、一定期間自社のリソースとして迎え入れる必要性がないのだと思われます。
$1Mという額はこの辺りでは博士号の人を6人、1年間雇えるくらいの金額です。ただし最適な人材をリクルートする費用と時間はかなりなものでしょう。そして問題の難しさと解のニーズからすれば、他のベンチャー等を買収するにはかなり少ない金額です。それがこのコンテストというやり方ですと、自社技術を大幅に改善すると検証済みの技術が上手くいけば短期間で確実に手に入るのです。このリコメンデーションをより正確に割り出すためのアルゴリズムはおそらく何百・何千通りとあるのでしょう。それを世界各国の技術者の知的好奇心と競争心とちょっとした金銭欲と名声欲を利用して、短期間で開発しテストし、しかも結果を比較することが出来る。しかもPRにもなる。
これはかなり賢い$1Mの使い方だと思います。上手い。
今後このコンテストがどういう展開をみせるのか、また他企業が同種の試みをするのか、気になるところです。
日本では、他から技術を調達するということに対して、嫌悪感のようなものがあると思います。ですが、このすさまじいスピードで変化する世の中で、世界中の企業と技術の面で競争するには、社内のR&Dに頼るだけでなく、時には臨機応変に最適な技術やそれを開発し引っ張っていけるチームを買ってくる、という発想も必要なのではないでしょうか。
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