契約書に潜むトロイの木馬
どうも。ここしばらく、クライアントの契約書類に目を通しておりました。契約書類は最初はかなり取っ付きづらかったのですが、慣れてくると意外とすらっと読めるものだったりします。ですが、細部の解釈は非常に難しい。当然ですが、その文言一つ、濁点一つで意味が微妙に異なったりし、他に存在する契約書との関係で範囲がさらに定義されていたりするので、英語が外国語である我々は勿論の事、英語を母国語とする人の間でも、かなり解釈が分かれます。なので、不明な点についてはポイントを抽出し、やはり弁護士に確認すべきものだと思います。
で、何の話かというと、暫らく前に、ライセンス契約等に潜んで知る条項が、M&Aの際に手かせ足かせとなることがある、ということに触れたと思うのですが、その件について一つ例を挙げたいと思います。契約関連に関しては私も様々なケースに遭遇する中で日々学習中なので、折に触れて一般的なレベルで記していきたいと思います。
さてさて、その第一弾、自分のベンチャーを売却する際に足かせになる可能性が結構あるものの一つとして、Right of First Refusalというものがあります。この言葉ROFR等と略されたりして、アメリカの契約ごとではあらゆる所で遭遇します。不動産の賃貸から、野球選手の契約、その他様々なシーンで色々な表現で現れます。正しい日本語訳は分かりかねるのですが、優先拒否権というようなものです。
これは、まだ何の関係もない外部の人が何らかのオファーを出した場合に、既に何らかの契約を持っている人々に対して、それにマッチングさせたいかどうか最初にお伺いを立てる義務ということで、その背後には、新参者においしいところを不当に持っていかれないように既存のステークホルダーを保護・優先するという考えがあるものと思います。
このROFRはベンチャーに関するものとしては、例えば資金調達をする際の契約でも頻出し、いわばスタンダードな条項です。ですが、注意すべきなのは何に対する権利かという細部です。これが将来の資金調達ラウンドに関するROFRであれば確かにスタンダードでなのですが、もしこれがそのベンチャーが売却される際の権利となると話は別で、かなり厄介です。
VCの場合はベンチャーを買い取るということはまずないので影響はあまりないのですが、もし投資家の中に事業会社を含める場合には、この条項が要求されることが結構あると思いますので注意が必要です。この場合事業会社にとっては、早い時点でベンチャーの少数株を取得しておいて様子を見、上手くいって競争相手が買収の興味を示してきた段階で、それを跳ね除けて自分が所有するという上手い方法を与えるものです。しかし、外部者にとってはあまり手を付けたいものではありません。
ちょっと解りづらいかもしれませんので例を挙げて説明します。ベンチャーAにはその取引先N社が少数株主として資本関係も持っています。H社がベンチャーAを買収したいと思い、ベンチャーAにとっても良い話なので両社は交渉に交渉を重ねて基本的事項で合意します。ところがN社は買収案件に関して ROFRを保持しているため、ベンチャーAはN社に「こういう話が来ているのだけど、代わりに買う気あります?」とお伺いを立てる必要があります。どのようにROFRの文章が書かれているかによりますが、場合によってはH社からの条件の細部まで伝えて同額で買うかどうかを聞く必要があったり、またその検討に時間制限がなかったりします。
さて、N社は「検討するからちょっとまってくれ」と言ってその後2ヶ月何の音沙汰もありません。H社の方は苦労して社内のあらゆる承認を得てここまでこぎつけたのに、宙ぶらりんの状態にさせられているのでイライラしています。で、ようやくN社が「ではそのオファーと同じ条件で我々が買収します」と言います。そしてA社はN社のものになり、あらゆる術を尽くしたH社の努力は水の泡です。ベンチャーAにとってもH社のほうが将来おもしろい仕事が一緒にできると思っていたので残念な結果となってしまいました。
とまあ、こんな感じで中々難点です。もしN社が数ヶ月に及ぶ検討後に「やっぱり買わない」と言ったとしても、その検討に要した時間のためにH社が心変わりをし、当初の計画が無に帰してしまうこともあります。
このディールを台無しにするかもしれないということ自体と、ROFRがあることによるプロセス管理の難しさから(例えば関係各社の複雑な守秘義務を管理しつつ交渉を進めることや、ROFRを持つ株主がいるということだけで第3者が寄り付かなくなることのないようにコミュニケーションをマネージすること等)、これは結構厳しいということがお解かりになるかと思います。
またこの事業会社Nにとっても、当初の早く手を付けておいて機会を見て安く買う、という目的は達せないことが多く(Aが様々な会社と交渉済みでこのオファーがベストオファーである場合、N社はそれと同じかそれ以上のもの条件を受け入れる必要があるので)、結局誰にとっても良いものではないと私は思います。資本関係を既に持っている以上、ベンチャーAに対する情報は多く得られますし、ボードを通じてM&Aの話があがっているかも通常分かるわけで、この条件をもっていることでそれ以上の意義があるとも思えません。
これは最初の契約上のちょっとした文言から起こってしまい得ることです。ROFRを資金調達に限る文言で規定する、最低でもROFRの検討期限を定義しておく、またはROFRの代わりにROFO(Right of First Offer)にする等で、ある程度回避できることです。その交渉において立場上のまなければならない場合は別ですが、あまり深く考えずに或いは弁護士の詰めの甘さから、なんとなく曖昧な文言になってしまうと、後でこういった損を見ることになり残念です。一度締結された契約は、後で変更することは中々難しいものです。
というわけで、まあ、結構怖い話です。これはShareholder’s Agreementだけでなく、ライセンス契約等でも提示されることがあるので、その後の様々な影響を充分に考慮して曖昧にならないよう、ぜひともお気をつけ下さい。
今日はこんなとこで。ではまた。
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